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嬉しくない「日本一」
総務省が5年ごとに実施する住宅・土地統計調査
(平成20年10月1日現在)の結果によれば
その数、山梨県内の空き家率がおよそ20%で、
「山梨県は空家率が全国一」なんですって。

思った以上に空家の数字が多くて驚きました。



空家になってしまう背景は多様だと思いますが、
実質暮らしていない(人の営みのない)家が増えると
その地域にとっては良いことは無いと思います。
北杜市内だって空家、多く有りそうですが・・・どうでしょう?

他の曜日の方が書かれていたように、
空家が増える一方で建物がどんどん増えて
森や木がなくなっているのも事実です。

新しい暮らしに新しい家という気持ちも分かりますが、
経済的に新築が厳しいような世帯だって(何処とは言わないが)
一軒家への望みが増えたって良い様に感じます。


何年か前から始まった市役所ホームページで始まった「空家バンク」。

家が見つかるか否かという事は住む上ではシビアで、
北杜市に暮らしたいと思っている人たちへの橋渡しが出来たり、
定住できる環境づくりの大きな基盤になり、期待が持てそうです。
本来、不動産の業者が切り盛りする仕事でしょうけど、
そもそも行政が切り盛りするであれば
行政らしい工夫していかないとメリットが見えません。

本当は、空き家が出来ることは歓迎できませんが、
仮に空家が出来たとしても元住民が戻るとは思えませんし、
その親戚がフォローをしないと半永久的にそのまま。
一方で、相続問題も絡むこともあるみたいですから、
他人は口出しできませんけれど・・・

フクザツだけど何か突破口が欲しいところですよ。



| kirinpan | 17:32 | comments(0) | - | pookmark |
豊かな将来を創造する計画性

 そうですね。

まず、議員削減はせずに
手当を減らしましょう。
一月5万円ぐらいで
有償ボランティア的で十分だと思います。
その代わり議会など夜や土日に実施し
勤めと兼務ができるようにする。

トップの市長も減らしましょう。
今は月額70万ぐらいでしたっけ?
40万円に。

やりたがらないぐらいの金額で
やってみたら良いかと。

真面目に職務を遂行する人が
仕事をしてくれたら嬉しいし
もっと素敵な北杜市になると思う。


それから
宅地許可を出す%をエリアごとに決める。

樹がかなり切られ家が建っているのは異常です。
街を創る計画が全くないからでしょうか?
森をきちんと手入れして管理することが
北杜市の良さが際立つと思うのだけど。

今年のようにゲリラ豪雨なんて起こったら
森が死んでいたら
あっと言う間に土砂崩れで
死者が出てしまうしね。

いろいろな角度から街創りを考えないとね。
行き当たりばったりでは
直ぐ行き詰まるんじゃないか?!


豊かな将来を築くべく
計画を立てて欲しいなぁ。

| ときた りか | 22:31 | comments(2) | - | pookmark |
歩道をください
このテーマはすごくいいと思います!
シリーズ化して、2、3ヶ月に1回はこのテーマで書いてもいいと思うくらいです。
実はアルファブログのメンバーに入れていただく前から、このブログに期待する大きな部分はそういうことだったような気がします。

北杜市を少しでも住みよい、ここに住んで良かったな〜と思える市にしていくために、いろいろな人が今の問題点を出し合い、いろいろな提言をしていくような・・・
メンバーに入れていただいてからは、毎週のテーマに追われて右往左往、ただうんうんと唸っているという状態でした。やはり外からの視点は貴重です。

そしてこのテーマこそ、ぜひいろいろなゲストブロガーにも書いていただきたいと思います。
ブログを持っていなくても現場からの意見や市民としての思いを書いていただければ、お互いに様々な意見や現状を知る貴重な機会になると思います。
ゴンさんもぜひ!

私のぼんやりした問題意識の中には、環境・景観、農業、水、図書館、文化・映画、医療や福祉や教育や平和や・・・といろいろありますが、
まずは「景観」「道」について。
信玄棒道が大好きで、これは小淵沢(北杜市)の財産だと思っていました。
数年前、その棒道の際すれすれにロープが張ってあるのに驚きました。
「なんなんだ、これは!まさか家が建つわけじゃないよね。歴史ある文化遺産のような道なのだから」
その「まさか」だったことを知ったときの落胆・・・
道の南側の木々が切られ、別荘が何軒も建ちました。
今はほぼ諦めの心境。「それでもまだまだいい道だ」と思いながら歩いていますが、久し振りに歩いた人は一様にこんなに別荘が!とびっくりされます。
もちろん別荘を建てることを問題にしているわけではなく、林や森や道・・・今ある素晴らしい景観をぜひできるだけ壊さずに活かしてほしい、ということです。
例えば棒道だったら「道の際10メートルは木を残す」という条例でもあったらどんなに違っていたでしょう!

また、まだまだ車優先の社会ですが、車道の脇(脇の林の中でも)に幅50cmでいいので、歩道をつけてほしい。土の道でいいんです。
車に気を使うことなく散歩を楽しめる町として「ひとに優しい」というメッセージを発信できるのでは?
自然に歩きたくなり、健康にもいい、もしかしたら医療費も安くなるかも!?
メリットもいっぱいあるような気がします。

| 風路 | 15:34 | comments(5) | - | pookmark |
直接民主制
先ず、議会制民主主義を否定するものではない事を表明しておきます。

普通に選挙はするし、議員も選びます。
議員は議会の中で、市民の代表として十分に意見を述べ、討議していただく訳です。
もちろん、その内容については、市民に公開されなければなりません。
その議案について、良い点や悪い点を洗い出して、市民に分かるように説明する義務もあります。

そして議決・・議決権は市民が持っている訳です。
もちろん議員にも議決権はありますが、それは1人1票の市民としての議決権です。

投票採決の方法をどうするかは考えなければなりませんが、インターネットや地域ケーブルテレビなど、いろいろな方法で、市民の参加に便利で、お金や手数がかからない方法を開発して行く必要があります。
また、全ての議案を市民が直接議決するのではなく、重要案件に限るとか、その基準も考えて行くのは当然です。

今でも、住民投票など、住民が直接重大な決定に参加できる道があるにはありますが、その住民投票を実現するまでの道のりが厳しすぎて、必要なときに正常に機能しているとは思えません。

議会制民主主義は、一番優れた体制だと思います。
でも、その基本・・住民の意思を政治に反映させるための代表・・という事を忘れている議員が多いじゃないですか。
「信用できる政治家は死んだ政治家だけだ」と誰かが言っていたと思いますが、一般人であった時にはとても信頼できる人だったのに、政治の世界へ入っただけで何となく人が変わってしまうような気がする・・いや、それは見る目が変わるからだとは思いますが。

・・あ、スミマセン・・それは単に私の個人的な感想ですので、気になさらず。

要するに、議会制民主主義(間接民主制)をより良くするために、直接民主制の手法を取り入れて、欠点を補完して行くという事です。

(くまぱぱ)

くまぶろ」私のブログ・毎日更新中
B&B ペンションチップトップ」私のペンションです
くまぱぱのランチ」自家製手打ちニョッキとスープ
やつねっとカンパニー」ウェブ&デザイン
やつねっと」メルマガ、やつねっとカフェ(BBS)etc.

| くまぱぱ | 16:18 | comments(2) | - | pookmark |
検討委はどうなったのか!?


北杜市白州町に住んでいるぼくにとって、いちばんの悩みのたねは水である。
いまでこそ、当たり前のように水道の蛇口をひねると、井戸のモーターが回り、水を汲み上げてくれる。しかし、その”当たり前”が、いつ”絶望”に変わるかわからないのが、この土地である。

実は、我が家の少し上にあるお宅が新井戸の掘削工事をした。
というのも、それまで使っていた簡易井戸が、突然、水位が下がってしまって使い物にならなくなったために、仕方なく大枚をはたいて業者に依頼し、家庭用の水源として本格的に井戸を掘ることになったというわけだ。
ところが……掘っても掘っても、水が出なかった。
ここらでは100メートル前後の掘削が当たり前なのだけど、それ以上、掘り進んでも水が出てこない。そうしてとうとう、187メートルまで掘り下げたところで作業は終了した。
結局、水が出ないままだった。
業者いわく、「こんなことは初めてだ」。
その家は、結局、既設の簡易井戸のちょろちょろ水をだましだまし使って、何とかしのぐことにしたらしい。それでもかなりの額を工事に投資し、それが無駄に終わってしまった悲劇を思うと、胸ふさがれるような思いである。
その家は我が家よりも高い場所にある。
地下水の水位が低下したことが原因だとしたら、次は我が家――ということになる。

ちょうど時を同じくして、地元にある巨大水企業が、ミネラルウォータープラントを完成させ、以前にも増して、大量の地下水取水を始めた。さらに別の企業も、現工場に隣接する土地に、プラントを建設する工事を開始している。
水と空気はタダという旧態依然の論理が、ここでは強引に利用されている感がある。
無限ではなく有限。そんな地下水が、力にものをいわせて日々くみあげられ、製品として出荷されていく現状を考えると、暗澹たる未来しかないのではないかと心が重くなる。
もちろん、今回の井戸掘削の件が、水企業と関係あるとは証明できない。しかし、これまでにない、巨大な水量が、この白州の地下から強引にくみあげられ、彼らがそれによって利益を得ていることは、疑いようのない事実だ。
ある会社は水と森をテーマに環境保全をうたっている。
官民連携で名水保全なんていう記事もあった。
しかし現実に、彼らが何をしてくれただろうか? 
「間伐や遊歩道整備」それはいいテーマだと思う。雨乞岳に至る新しいルート開拓も悪くない。
しかし一方で裏山に登れば、現実に放置間伐がごろごろ転がり、森は荒れたまま放置されている。けっきょく、環境保全という美しい名目で、自社を中心にした領土を囲って、そこを”王国”化しただけじゃないのか?
そう思ってしまうのは、うがちすぎだろうか?

一方、「ミネラル水の取水制限をみこした検討委を作る」といった北杜市は、それからなんらの動きもない。ぼくはそのことで「感謝の意」を山梨日日新聞に投稿したのだが、それからのち、「どうなった?」と北杜市地域政策課に担当に問うと、「まだ勉強会の段階です」(汗)。
以来、何がどう動いたのだろう?
――というか、あれはたんなる見せかけだけではなかったのか?
市長と固い握手を交わす水企業の関係者の写真を見るにつけ、ぼくは不透明な行政への不信感をおぼえるし、壁の向こうでなされているかもしれない密談を想像したりする。
企業が動くと金も動く。
理屈は単純である。そして単純なだけに強力である。




かつて我が家の近くに「予備井戸」を掘削しようとしていたある企業との対話で、ぼくはいろいろなことを学んだ。企業の究極の目的は利益である。営利追求のために、企業はあらゆる心血を注ぐ。そしてそこに人の情けや心が介在できる余地はない。

結局、弱者たる我々地元民が頼れるのは行政しかないのに、その行政が「がっちり企業と握手!」だもんだから、いったいどこに助けを求めたらいいのか?
市民の声に耳を傾ける心があれば、せめてあの虚構化してしまった「水問題の検討委」を、もっと具体化させ、我々市民の窓口として、企業暴走の止め役になってもらいたいと切に願う。

| ひぐちあきお | 11:42 | comments(2) | - | pookmark |
今週のテーマ
こんにちは。Mr.Xです。

梅雨があけたと思ったら、猛暑です。
北杜市内でも、標高の低い地域は連日30度を突破しています。
まだ7月ですから・・8月が思いやられます。

今週は、久しぶりに読者からの提案がありました。

提案者は、北杜市のゴンさん

テーマは「北杜市への具体的政策提言」です。

メッセージは・・
「北杜市へ具体的に政策提言をしては如何でしょうか。減税でも、市役所建設でも、議員削減でも、議員の給与アップでも、他の市町村との合併でも何でも。
タブーなく、自由にいきましょう。」
・・とのことです。

ブロガーの皆さん、よろしくお願いします。

(X)


追伸
テーマの公募は続いています。
右サイドバーの「テーマ」提案フォームからどうぞ。

なお、北杜市と関係ないテーマは取り上げにくいです。
出来れば北杜市との関連性を考えてご提案いただきたいと思います。

| ブログマスター | 15:28 | comments(0) | - | pookmark |
北杜市の我が家で老母と同居できないわけ
 東京の実家で母は弟一家と同居している。正確には弟一家が母の家で同居しているのだが・・・

 以前、その家には母方の祖母が両親と同居していた。
 祖母が他界し、しばらくして今度は弟たちが両親と同居することになり、父は家を二世代住宅に大改装した。
 その父もすでに鬼籍に入り、今は弟夫婦とその長女が母と暮らしている。

 そしてぼくは呑気に八ヶ岳で好き勝手に暮らしている。
 弟が母を見てくれているからこそのことなのだ。そのことについてぼくは弟夫婦にとても感謝している。

 幸いなことには母は年相応に悪いところを抱えながらも元気でいてくれている。とはいっても涼しい八ヶ岳に避暑に来るくらいなら何とかなるけれど、同居となるとこれは難しい。

 最大の難関は医療機関だ。今、母が抱えている数種類の持病について、そのままこっちで治療を継続できるほどの医療機関が近くにはない。甲府や諏訪にはあるかもしれないが、毎日のようにあっちこっちの病院に連れて行くのはぼくの仕事上不可能に近い。

 ところが、東京にいれば母は何とか自力で電車やバスを乗り継いで病院にいくことができる。
 つまり第二の難関は交通機関である。だからぼくはデマンド交通システムの重要性を言うのだ。

 母を病院まで送り迎えすることは、ムリをすれば不可能なことじゃない。しかし、ぼくがそうすることで母はそれを負担に感じるし、頑張って自分で行動しようとする意欲を奪うことになるかもしれない。だとしたら、そうすることは多くの老人にとって相当の苦痛を強いることになっているかもしれない。

 こうして考えてみると、図らずも北杜市が抱えているトップレベルの課題がそのまま親との同居問題にも影を落としていると言える。
 もちろん親との同居問題のネックはこれだけではないだろう。しかし、ただでさえ急激な高齢化社会に突き進んでいる北杜市に、都会から団塊の世代と呼ばれる高齢化社会の予備軍が大量に流入しようとしている。しかもその予備軍は自らの親の介護問題を抱えながら、というケースが少なくない。
 
 医療費の削減だとか、後期高齢者医療制度の廃止だとか、年金の制度改革だとか、時の政府は色々言うけれど、年老いた親が晩年を子と共に暮らし、子が親の最期を看取るという人として当たり前の暮らしができる社会を作るためにはどのような政治が必要なのか、一番本気で考えなくてはならないのはぼくたちだ。

 当たり前のことだが親には一日でも長生きをしてほしい、誰でもそう思うはずだ。しかし先日お目にかかった80歳台の先輩は90何歳のご母堂の心配をなさっていた。
 国や地方自治体の政治のありかたとしてこんなことでいいのだろうかと、つい考えてしまう今週のテーマでした。
 

| おかの じゅん | 21:40 | comments(5) | - | pookmark |
無関係とは言えない
いままではそっけなく聞いていたことも、
今では現実も見据えて動く必要もあったりします。

特に旦那さん側の地元が離れているためか、
「旦那さんの実家に戻らないの?」
と、何十人もの方々にご心配かけてるみたいですが
いまのところもしばらくもありませんね。
もしも、万が一そんなことが起きたとしたら
物理的な環境の変化が大きくなるため
仕事を変えたりするうえでの犠牲も発生するので
仮に話があっても相当ハードルが高そうです。

結婚に当たってはその話は一切無かったし(笑)。
きっといつかは、どちらかの親が言い出しそうだけど、
正直、住む親側に金銭的な余裕が無ければ
ちょっと現実として受け入れられない現実嫁です。


共働きじゃないと暮らしていけない現実に、
もしも子どもが出来たならば。。。
都会のように預けられる場所も無さそうだから
この地域で暮らすには風当たりが辛い感じがします。
自分たちだけで好きに暮らすことは楽しくて別居を望むけど、
別居or同居という二択しかない訳ではないし
どちらかの親が近くに居てもらったほうがありがたいのかな。


| kirinpan | 17:40 | comments(0) | - | pookmark |
無理無理

 同居、はあり得ないです。

夫の両親とも私の両親でもNGですね。

ただでさえ、気を使う相手なのに同居なんて・・・

自分の親だって疲れるし
歴史がある分大変〜

生活のリズムも子育て観も大幅に違う人との同居だと
かなりの厳しさがあります。

同居されている方々を尊敬します、マジで。


コミュニケーションが大切だとは思いますが
親世代には通じないこともあるし
でも、伝える努力をしなくてはいけないし
その繰り返しで成長していくモンなのでしょうが
家族って近くて大事だから面倒で
と矛盾するような複雑な関係だから
難しい。


私は無理です、親との同居。

| ときた りか | 21:38 | comments(0) | - | pookmark |
これも修業?
小淵沢に来る前、東京でアパートを借りて生活していました。
ペンションを開業するにあたり、少しでも資金を貯めるために、アパートから私の実家に転がりこみました。
それから1年半、相棒は私の両親と同居。
しかも私はまだそれまでの仕事を辞められず、彼の方は3年間修業していたレストランを辞めて、開業にむけて準備中。
料理の修業にもなるからと、実家の料理担当となりました。
そのときの苦労は「いい経験になったな〜、いろいろなお客様のもの言いにも耐えられるようになったし・・・」とはどういう意味?
なにしろ、うちの母親は良く言えば天真爛慢、はっきり言えば、相手の気持ちを考えることなく、自分の気持ちをそのまま言う人だったので・・・
またどちらかと言うと、父親は母にあまり文句を言わない(言えない?)タイプだったので、「将来の自分たちの姿はあれか!」とそのときに心の準備ができたとか!?
今ではなつかしく、切ない思い出となってしまいました。
彼の方はどう思っているのかわかりませんが。

「実の」でも「義理の」でも夫婦であっても、気を使わない訳にはいかないし、気を使いすぎれば疲れてしまうし・・・
お互い、自分の時間・空間、趣味や友人(仕事も?)等、自分の世界を持っていることが大事かな、と思います。
元気に外に歩きに行ってくれる「歩こう会」のメンバーは、きっと同居しても楽な方じゃないかと思われます!?(多分)

 

| 風路 | 17:20 | comments(0) | - | pookmark |
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